見ず知らずの人と自分のことについて相談することは、意外にも有意義だった

昨日、あるコミュニティの中で、「あなたの思考のモヤモヤを言語化します」というイベントが開催され、参加してみました。
イベントを開催してくださった方と他3名で行い、まずはそれぞれのモヤモヤを開催者と話し、お互いに共有し、聞いていた3名がそのセッションについてコメントする、という方式です。

 

うーん
とにかく斬新でした!

 

初めて話す人と自分のモヤモヤを共有して、質問してもらうことで、自分から口で言語化して言葉に出し、それを参加者からコメントをもらうって、今までなかった、体験したことがありませんでした。
悩みを相談する対象者は、大体、家族とか仲の良い友達が多いと思います。そしてその対象者からの答えって、なんとなーく想像ができませんか?!
答えを想像してから相談するのもおかしな話ですが、この人ならこう言うんだろうな、言ってくれるんだろうな、という希望的観測がもうすでに自分の中にある状態なのである意味面白くない。
とっぴな意見はほとんど出ないと思います。
それが、この赤の他人と相談すると、思ってもいない視点からのコメントや、私って第3者からそんな風に見えたりするの?!とか、新たな気付きが得られました。

 

そのコメントの中で嬉しかったことがあります。
「「感情を拾い上げる」アドバイスは私にはないもので、愛情を感じました!」
産業カウンセラーやキャリアコンサルタントの講座を受けていたので、無意識に人の感情をその会話から感じるようになっていたのです♪
感情を感じて言葉に表すことが身についてた!うれしいです。

 

あと、感情のことで日々の気づきがあります。

 

最近、子供に対して話すときも感情に触れるようにしています。
小さいうちは、怒ったり、泣いたり、笑ったりと子供は態度や表情で感情を表します。
しかし、大きくなるにつれて、その表現が少なくなってくると思います。そのため、できるだけ言葉で感情を言ってもらうことで、年齢が上がるにつれて吐き出される感情量の低下を防ぎたいな、と考えました。
完全に自論(持論?)ですが(笑)
でも、不思議と、こちらが感情を表す言葉を使っていると、子供たちも使ってくれるようになります!

 

例えば怒る時だと、「お母さん、怒ってるんだけどね。どうしてかっていうとね…」みたいに!
嬉しい時だと、「お手伝いしてくれて、お母さんは嬉しいな。また次もお手伝いしてくれると、いっつも嬉しく感じるわ」とか。

 

上の子は小学校3年生です。
多感な時期なのか、反抗期に足を突っ込み始めたのか、いろいろなことに対してイライラしたり怒っています。
その対象は、学校の先生だったり、学校の仕組みだったり、私だったり、妹や弟だったりします。

イライラも感情です。
その感情を表現することは、彼にとって必要なことなんです。家で吐き出してほしいなと思うんです。
が、やっぱり、家でずっと文句を言われているとこちらもつい、反応してしまう…(反省)

 

聞き流しながら、聴くところは聴いて、彼の心の安定を願いつつ、今後の家族への影響を図りながら、心配しているこの頃です。